今週の「東洋経済」は、「定年消滅」というタイトルだった。
来年2021年4月に、「改正高齢者雇用安定法」が施行されることに因んでのことだが、企業に、70歳までの就業機会の確保ということで、いかにも定年が70歳に延長される感じがする。これはあくまでも努力義務というだけで、現実味は乏しいが、そういう方向にあることは確かだろう。
国の年金制度は破綻するだの、年金はもらえなくなるということを大真面目に言う人がいるが、そんなことはありえない。
今も昔も、国の年金というのは、個々人の払ったお金を積み立て型でプールしているのではなく、現役世代が払ったお金を、その時の高齢者に配分しているに過ぎない。なので、我々40代世代が、60(もしくは65)になったときに、現役で働いている人がゼロになれば、年金はもらえなくなるものの、そんなことはありえない。
今現在、年金として配っている金額より、多少(2割くらいか)少なくなることはあり得るかもしれないが、ゼロになることは現実的ではないだろう。
とはいえ、日本は少子化で、超高齢化社会であるので、年金の受給開始日を先延ばししたいことは間違いない。だからこそ、現役で働いている年齢をできるだけ引き上げて、自分のことは自分で面倒みてね、と国はしたいのである。
私は、お金面というより、社会とかかわっていたい、自分の存在意義を残したいという意味で、仕事や社会活動は60歳でも、70歳でも、下手したら80歳でも続けていたいと考えている。
普通の企業のように、60歳で定年まで働き続けたとしても、じゃあそこから何をする?といっても難しいように思う。
本人が希望するならば、企業はその人を65歳まで雇用しなければならない。なので、周りに何を言われようが、65歳まではその企業で働き続けることは可能だ。でも、私は65まで今の企業で働き続けるなんて考えられない。60歳まで働くのすら、拒否したのだから。
そんな落ちこぼれサラリーマンの私が、60歳になって社会に放り出されることに不安を感じた。60歳になってから新たなビジネスを始めるより、40台で始めることのほうが成功の確率は上がるのではと思う。
もし、この3年間くらいで、「やっていける」という形ができたなら、自営業なのだから、定年なんて概念はなく、70歳、80歳になってもそのビジネスを継続していけば良いだろう。
「人生100年時代」なのだから、60歳でリタイアすると、残り40年をどうするという問題が出てくる。生活費をどう工面するかという問題ではなく、自分の存在意義をどのように表すのかという根本の問題にあたる。平たい話、社会の一員として、アイデンティティを確立しなければ、空しいはずだ。
たとえ、ブログや動画配信で生計が賄えなかったとしても、社会とかかわっているという一点だけで、個人の情報発信は意味がある。